2007年01月30日

ミミの歴史(パート15) 〜最終話〜

昨年の4月までは 毎日のように外出(脱走)していた み〜子猫(笑)

でも さすがに アノ怪我を負ってからは 家の中に こもるように

なりました。  よほど 懲りたんだと思います・・・。

縄張り争い・見廻り・集会? と いった ニャン独特の行動!

み〜子は 無事(?)に卒業しました。 今は 毎日 平和な

「家&コタツの中のニャン(笑)」として日々 過ごしています。

でも・・・、 時折 血が騒ぐのか 窓を開けると こうして

外を ジーッと、見ています。

外を眺めるミミ.jpg


決して 出ようとは しませんけどね。 短くて ぶっとい尻尾を

ブリブリッ! させてます。

尻尾アップミミ.jpg

この 尻尾なんですが、これでも 伸びたんですよ〜!

最初の頃は この半分の長さでした。  それが いつの間にか

倍の長さに なっておりまして・・・  (ビックリexclamation

ニャンの尻尾って いきなり 伸びるものなんでしょうかね?




さて ・・・・・・・・・・・・・・・ 


ミミの歴史を 読んでいただきまして ありがとうございました。

20年分の歴史を 15話に まとめ、やっと現在と なりました。

今後は、日々の み〜子を UPしていきたいと思っています。

これからも 宜しく お願い いたします かわいい



 

ニックネーム みみ子 at 21:54| Comment(6) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月27日

ミミの歴史(パート14)

み〜子の傷口は、消毒・洗浄・投薬・注射と 約1ヶ月の治療を

試みました。 H院長先生を はじめ、主治医のS先生も 大変

親身になって 治療を して くださいました・・・・・  が、

傷口は塞がらず、治癒の見込みは ありません。

5月下旬、S先生から 化膿した事によって壊死した筋肉組織を

取り除く 手術 を 勧められました。 

初診の時点で 血液検査などは 異例なほどに 何も異常が

なかったのですが、問題点としては やはり高齢という点でした。 

どうしても全身麻酔でなければ手術を行えないとの事! リスクは

5段階のうち 3 (中程度の危険)と言われ 私達は迷いましたが

このまま治療を続けても状態は変わらないし、梅雨入りが間近で

なおさら傷口悪化の恐れもあったので、意を決しました。

手術前日から入院させ、術後に迎えに行く段取りと なりましたが

この たった24時間が どれだけ長く感じたでしょうか・・・・・

祈るしか ありませんでした。 れん子の仏壇に 手を合わせ

ジーっと 待つしか なかった・・・・・

れん子クマが きっと守ってくれる!!  そう、信じていました。


手術当日は いてもたっても いられず、予定より早く迎えに

行きました。 ドキドキしながら 待合室で待つ 母と私。。。



手術は・・・ 大成功 !!   覚醒が いまいちでしたが

無事の帰還と なった み〜子 猫(笑) ! 抜糸に 2週間を要したものの

著しい速さで 見事に 回復・治癒 いたしました。

19歳という高齢で 全身麻酔の手術に 耐えた み〜子!!

み〜子パワーexclamation×2 の 威力に 驚かされた 私達なのでした。


お世話に なった先生・スタッフの皆様には本当に感謝です。

そして・・・・・、    多分? 見守ってくれたであろう

れん子クマに 今一度    ありがとう!!



 ↓↓↓ 退院後の み〜子です。 大騒ぎ猫(怒)でしたよ(笑)
   (画像が悪いのは携帯電話での撮影だった為です)


 




ニックネーム みみ子 at 00:51| Comment(10) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月16日

ミミの歴史(パート13)

2006年 4月 の ことです 桜

それは 実家の 母からの 電話で 始まりました。

母 「あのね、み〜子の左足に変な オデキみたいのが ある〜」

私 「なーに? オデキって・・・ どんなの?!」

母 「黒っぽいような・・・ 変なもんだよ・・・ う〜んと・・」

私 「電話じゃ わからないね・・・ 今、行くよー」

仕事が休みだった私は 取り急ぎ 実家へ向ったのです車(セダン)


「ソレ」 を 最初見た時、脳裏に浮かんだのは腫瘍でした。

左大腿部に10円玉程の大きさのカサブタに似たようなドス黒い

デキモノが ありました。 前日までは特に変わった様子は無く・・

ただ、しきりに身体を舐めていたそうで・・・ それで体毛が抜け

「ソレ」 が出てきたと いうわけです。

勿論 すぐさま 獣医師のもとへ・・・(れん子クマの かかりつけ医)

「ソレ」 の 正体は・・・・・・・・・・exclamation&question

Dr注射 「喧嘩をした際に傷を負い それが化膿したんだと思います。

      中に膿が溜まってますから まず それを出しましょう!」

処置が始まりました。 まず皮膚表面に スプレー式麻酔をし 切開。

傷口が(2cmほど)開いた瞬間、 以外にも綺麗なピンク色の膿が

これでもかぁ〜〜〜 どんっ(衝撃)

と、出てきました。 その匂いといったら・・・(激臭)

この時の み〜子ですか?  勿論 「ギャアー・ ニャアー 猫(泣)」 と

鳴いておりましたが、私は み〜子を押さえるのに必死で・・・!

母ですか?  「わぁ〜・・ 私 可哀想で見てられないー」

この場を脱出しておりまして・・・ (全くダッシュ(走り出すさま)

大きめのガーゼで何度も拭いながら 膿を出し、傷口は縫合せず

処置は終わりましたが・・・・・

D r注射「化膿が筋肉組織まで達しているので もしかしたら
   
     手術になるかもしれません。自然に傷口が 塞がって

     くる様なら良いのですが・・・ 様子をみましょう」

  と、 言われたのです。。。。。

     
   その 「様子」 は、これから 1ヶ月 続くのでした・・猫(泣)

 ミミ。療後1.jpg

 携帯phone toで撮りましたので 鮮明では ありませんが
    処置後の み〜子です 猫(泣) 痛々しい・・・たらーっ(汗)


ニックネーム みみ子 at 23:21| Comment(14) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月11日

ミミの歴史(パート12)

     クマレニー(れん子) 亡き後の 我が家クマ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

父は 黙々と仕事に励み、母は 毎日 涙の日々。。。  

私は・・・・・ 日が経つにつれ 悲しみが薄らぐのではなく 全く

その逆で 別れの時よりも 辛い日々が 続きました。

何をしていても 自分でコントロール不能の如く いきなり涙が

溢れ出てくる。。。  かなり重症のペットロスに陥りました。


そして、み〜子は・・・今までに無い 言動が 毎日 続いたのです。

ふっと 思い立ったように 今まで れん子が いた 玄関へ行き

しばし そこで 物思いに ふけっているのです。 そして玄関脇の

れん子仏壇を見上げ 大声で 「ニャァ〜 ニャァ〜猫(泣)」と 鳴き

続けるのです。  れん子を探し求めているのか、それとも

れん子に 何かを 訴えているのか・・・・・

これには・・・ 参りました。 更に 私達家族の 涙を たらーっ(汗)

そそりましてね。 こんな み〜子を見ているのも切なくて・・・


でも、忘却とは この事ですか・・・ この言動も いつしか 徐々に

無くなりまして・・・・・・・ 

今まで通り 病気知らず・元気み〜子の日々に なるのでした。。。


そして、月日は 経ち ****************

2006年 春、 み〜子に初めての試練が やってくるのですむかっ(怒り)むかっ(怒り)

画像 077.jpg

          え〜〜〜exclamation&question 

  ワタシに 何か 災いが・・・たらーっ(汗)




ニックネーム みみ子 at 23:01| Comment(8) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月23日

ミミの歴史(パート11)

その朝 私は れん子の荒い息づかいで 目を覚ましました。

少し 苦しそうに「ふっ・・ふっ・・ふっ・・ふっ・・」と 浅く

早い呼吸をしながら 私の事をジーッと見ています。

この時点で獣医師に連絡をとり 診察する事は 可能でした。

でも・・・ 私は あえて しなかった・・・・・   

何故なら 今日で お別れだ・・・と 確信したからです。

2時間ほど身体を撫ででいると 穏やかな呼吸に戻ってきました。

起床してこない両親に 「れん子が お別れだよ・・早く起きて!」

と 声をかけました。 二人とも慌てて起床し 家族皆で れん子を

囲みました (もちろん み〜子も一緒です)

父が「れん子ー、今まで ありがとう・・ありがとう」と言いながら

涙と鼻水で顔をグシャグシャにしていました。 私が初めて見る

「親父」の涙でした。  母は ただただ泣くばかり・・・・・もうやだ〜(悲しい顔)

私は・・・何故か このとき 涙が 出なかった。   しっかりと

見送らなければ、旅立たせてあげなければ・・その思いだけでした。

落ち着いていた呼吸が大きくなり クチを パクッ・・パクッ・・・と

動かし始めました。     私は 「大丈夫だよ・・れん子・・

みーんなが ついている、怖くないよ・・・ 今まで ありがとう!」

そう言いながら 身体を 撫で続けました。

動いていたクチが・・・静かに止まり・・・れん子は 旅立ちました。

2000年 3月 17日 午前8:33 永眠。  享年16歳。

レニー没.jpg


れん子は 今でも 我が家に います。  父 力作の仏壇の中から

毎日 家族を 見守ってくれています。

レニー仏壇.jpg

7年も経つのに まだ遺骨があるのー?と 思われるかもしれません。

これは やがて 旅立つであろう み〜子を一緒にしてあげたいと

思っての ことなのですが・・・・・・・・

今のところ み〜子は れん子の元へ旅立つ気配が ありません(笑)

御陰様で まだまだ 長生きしそうな 今日このごろです。



長い長い歴史物語(主に レニー)を読んでいただきまして 本当に

ありがとうございました。「ミミの歴史」は本来の主役に戻したいと

思います。  また 怒られそうなので・・・・・・・(笑)猫(怒)


ニックネーム みみ子 at 14:48| Comment(10) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月19日

ミミの歴史(パート10)

私が 一筋の光としていた れん子の旺盛な食欲。。エサ 

それが 「ピタリ」 と 止まりました。

何をあげても クチを開けてくれない、、、 食べて くれない。

それまで さまざまな難題をクリアーしながら 感情を グッと

抑えてきた私でしたが、さすがに この時ばかりは

こらえきれずに とめどなく 涙が 溢れてきました。

覚悟していたことが もう 目前に きている・・・・・

私は この日から 24時間の介護体勢に 切り替えました。

主人に 理解・協力を求め 実家に泊り込む事にしたのです。

食事を流動食に切り替え、一日中 付き添う日々・・・

もう、、、無我夢中でした。

私が どうしても席を はずす時は み〜子に 一任しました。
         (勿論、両親も いましたが・・・)

「れん子を見てて!  み〜子!!  頼んだよ!」

スッと立ち上がった み〜子は れん子の傍らへ・・・・・

ジーッと れん子を見つめ しっかりと介護をしてくれました。

けなげな み〜子に この時 どれだけ 救われたことか・・・

看病1.jpg

看病2.jpg
    ぴかぴか(新しい)私に代わって れん子の介護をする み〜子ぴかぴか(新しい)


私が実家に泊まり始めて 6日後の深夜、れん子は 呼吸困難の

発作を起こし 獣医師のもとへ・・・・・ 帰宅 数時間後の翌早朝にも

発作・・・  再び 診察。 2度の点滴治療を ほどこし とりあえず

落ち着きましたが、この時 初めて発した 苦しげな れん子の声。。。

「アォーウ・・・ アォーゥ・・・ アォー・・・」 と、 発作に苦しみ

身体を よじらせながら 何度も 何度も 叫ぶ声。。。

     私は 今でも 忘れることが できません。

壮絶な一夜が明け、薬が効いているのでしょうか・・・ 発作は

治まりました。 ただ 小さく 小刻みに身体が震えていました。

私は その身体を ただただ 優しく撫でながら 「大丈夫だよ・・・

オネエが ついてるからね・・・側に いるからね・・れん子」 と

話しかけるほか ありませんでした。

夕刻、再診のため 獣医師の もとへ、、、 点滴をし 帰宅。

呼吸は落ち着いています。 昨晩の発作が 嘘のように

スヤスヤと 寝入っています。  「良かった。苦しくないね・・

今日も 一緒に寝ようね・・・れん子・・」


それが・・・それが あの子と過ごす 最後の夜となったのです。


看病3.12.jpg



ニックネーム みみ子 at 13:37| Comment(6) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月14日

ミミの歴史(パート9)

仕事を辞め、れん子の 介護に 専念した私。。。

現状からの回復の見込みは無い、どんどん悪くなる一方・・・

と、わかっていても 食欲だけは旺盛なれん子に 1分1秒でも

長く私達のそばにいてほしい、 もっともっと一緒にいたいと

願いながらの日々を送っていました。なので れん子には常に

「頑張れー、頑張れーーーexclamation と 接していました。

み〜子も 私と同様、れん子を励まし続けました。

看病4.jpg
           頑張れexclamation×2 れん子姉ちゃんぴかぴか(新しい)


ある日、就寝中の れん子の目に光るものが・・・・・。 それは

紛れもない一粒の涙でした。今まで一度も見た事がないものでした。

その涙の意味が何だったのか わかりません。 高齢による涙腺の

ゆるみなのか、それとも他に原因が あったのか・・・・・

レニー涙.jpg


私は この時 察したのです。 「あぁ・・辛いんだ・・・」って・・・

もしかしたら 私達からの「頑張れ」が 負担になっているのかも

しれない、自然に任せ ゆったりとした時間を過ごしたいのかも

しれない・・・・・そう 思いました。

勝手な解釈だったのかもしれません。 でも 限られた時間(命)に

対して「頑張れ! 頑張れ!」と 延命を押し付けるのは もっと

勝手なことではないか? 1年以上続く介護の日々。 それが

いつの間にかマニュアル化していて 一番大切な 「愛情・思いやり

の 欠けた介護に なってきていたのではないか? 確かに この1年

れん子に話しかけた事といったら 「頑張れー!」 「お腹すいた?」

「おむつは濡れてない?」 「ネンネしようね」 「リハビリしようね」

「先生(獣医)の所へ行こうっか」 などで、何かが足らない・・・。


私は、れん子の涙を見た その日から 口癖のようになっていた

「頑張れー!」を やめました。 そしてマニュアル化していた

介護を見直しました。

それからの日々は、れん子にとって 穏やかに・・ゆっくりと・・

優しい時間となるよう・・・・・、そして  「頑張れ!」が

「ありがとうかわいい となるよう 心掛けていったのです。











ニックネーム みみ子 at 15:51| Comment(8) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

ミミの歴史(パート8)

れん子の認知症状は 日増しに 悪くなる一方でした顔(汗)


@歩行は前にのみトボトボ歩き、円を描くように歩く

A狭い所に入り込み、自分で動けなくなり鳴く

B自分の名前を呼ばれても判らず、何事にも無反応

C以前、学習した行動が出来ない

D見当識障害(飼い主・環境・場所に対する認識の低下)

Eよく寝て、よく食べて、下痢もせず 痩せてくる    他


認知症と診断するにあたっての主なチェック項目の ほとんどに

該当しました。 ただ、一番多いといわれる「夜鳴き夜」だけは

ありませんでした。

勿論、獣医さんにも相談をし 診察も受けていましたが 当時は

まだ 認知症に関しての適切な治療は ありませんでした。

血液検査などは特に問題がなかったので、歳だから仕方がない

と いう認識が一般的でした。(今は治療方法が あるようですね)

私達家族は まず 出来る事から対処していきました。

リードをつけておくと その場で円を描くように回り続けるため

身体に絡まってしまいます。 かといって リードをはずせば家中

歩き回り危険です。(ずっと介護しているわけにも いかず・・・)

れん子お気に入りの場所に 父がケージ柵を作りました。

ケージ.jpg

食事がスムーズに食べられるよう容器を乗せる台も作りました。

レニー御飯.jpg

しばらくの間は この状態で食べる事ができましたが だんだんと

自力で食べる事が困難となった為、私達が一口ずつ食べさせて

あげる事にしました。  食欲は あります! 少量ずつ与える為

食事を終えるのに タップリ1時間は かかりましたねエサ

でも・・・・・れん子は どんどん どんどん 痩せてくるのです。

そして徐々に 寝たきり状態と なってきました・・・・・。


私は ここで大きな決断をしました。 長年続けた仕事を辞めて

れん子の介護に 全力を尽すことに したのです。

仕事は いつでも出来る! 「今exclamation」出来る事、やるべき事を

迷わず選び、そして 前に進むしかない・・・・そう 思いました。

看病3.jpg

 れん子を心配する み〜子猫(泣) (お姉ちゃん・・・大丈夫?)




ニックネーム みみ子 at 20:09| Comment(12) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月28日

ミミの歴史(パート7)

結婚をし 実家から車で30分程の所に住む事になった私。

当然 毛玉達とは離れ離れと なりましたもうやだ〜(悲しい顔)・・・・が

ほぼ、毎日のように会う事が できました。 何故なら

独身時代からの仕事を継続したからです。

職場は実家の近くにあったので 仕事の合間をみては

毛玉達と会い、触れ合っていましたるんるん

何事もなく本当に平穏無事な日々が続きましたね。

ずっと続くと思っていました・・・この日々が・・・

いずれ来るであろうピリオドの事は わかってはいても

あえて考えずというか 心の奥底で打ち消していました。

画像 037.jpg
 ずーっと このような日々が続くと思ってた・・ぴかぴか(新しい)


ところが14歳を過ぎた れん子に異変が・・・・・。

ある日、それまで聞いた事のない遠吠えを何回もしたのです。

今思えば あれが兆候だったのでしょうね。

痴呆症・・・今で言う 「認知症」 の始まりでした。

まずは、家の中では絶対に しなかった粗相・・・あせあせ(飛び散る汗)

量も回数も多い為 床に敷くタイプの尿パットのみでは

間に合わず 紙オムツを使用することにしました。 

大型犬なのでペット用ではサイズが無く、人間の赤ちゃん用

ssサイズに ハサミで尻尾穴を開け 使っていました。

次に四足で立って食事をとる事が できなくなりました。

お座り体勢で食べる為 食事容器が口元にくるよう 容器を

乗せる台を作り 何とか自力で食べさせる様にしました。

このような状況が半年ほど続いたのです・・・。

画像 042.jpg
 オムツ姿になった れん子に添い寝する み〜子ぴかぴか(新しい)








ニックネーム みみ子 at 01:27| Comment(7) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

ミミの歴史(パート6)

れん子 と み〜子 クマ猫(笑)!  彼女達は基本的に屋内暮らしの

ワン・ニャンでしたが 天気の良い日は それぞれ外で過ごすという

生活パターンでした。 

れん子は リードをし 玄関先のお気に入りの場所へ・・・・・

み〜子は 相変わらずの ご出勤 ・・・(笑)〜ご苦労様です〜

ある朝晴れ、私は 目を疑う目光景を目撃しました。

先に外へ出て お座り&伏せをし 辺りの様子を眺める れん子の元へ

後から出てきた み〜子が近寄った!! と、れん子の鼻先へ顔を

近づけて・・・。。。  正面からではなく横からでしたが それがまるで

「行ってきまーす!」の ‘チュッキスマーク のように見えましてね。

いえ、 あれは間違いなく ホッペタへの ‘チュッキスマーク 揺れるハート でした。

れん子は されるがまま。 み〜子は そのまま お出かけ・・・・。

「キャーーー! 私も〜!」と思い み〜子に私の鼻を近づけた事が

あります。     これが・・・・・、 絶対に してくれない。 

しつこくしていたら おもいっきり鼻を噛まれました。 顔(泣)(負傷)

れん子にのみ、ほぼ毎朝 行われた み〜子からの‘チュッ’の挨拶。

仲の良い お二方が何とも羨ましい限りでした。

こうして 彼女達の日々は それから数年、平穏無事に過ぎて

いくのです。

 (おまけ)〜 私も その間に 無事 お嫁に いきましたるんるん 〜

  
  れん子に おんぶに抱っこの み〜子!
   ↓
    ウエディングドレス姿の私。
          お尻の位置でピース手(チョキ)

レニー&ミミ.jpg doresu.jpg

ニックネーム みみ子 at 21:19| Comment(9) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

ミミの歴史(パート5)

器の大きな れん子に 頑なに閉ざしていた心を開いた み〜子は

取り巻きの私達にも 少しずつ 歩み寄ってきました 犬(足)

私達の気配があると食べなかった食事も 目の前でモリモリと

食べるようになり 威嚇も無くなりました 決定

ただ、脱走して外の面白さを知ってしまったのか 家にいるより

外にいる時間のほうが多かったですね。 持ち前のヤンチャを

武器に 縄張りをドンドン広げていったみたいですパンチ

喧嘩は強かったですよー! (11/7 ・ちょっと一息 参照)

知能犯的なところもあり 形勢不利になると相手のニャンを家の

玄関先まで おびき寄せ そこにいた れん子クマの後ろに隠れる。

れん子は み〜子以外のニャンに対しては 普通の「犬」となり

ますので当然 吠えて威嚇します。 相手のニャンも犬に攻撃

されては敵いません・・・そこで退散。 吠えているれん子の

背後から ソーーーッと前を覗き込み「ニヤリ!!顔(イヒヒ)」とする

み〜子。 (ニヤリと したかどうだか わかりませんが・・・)

一部始終を目撃していた私は大笑いしてしまいましたね。

この 「み〜子大作戦ひらめき」は その後 何度も成功しています。

そんなこんなで この お二方、より一層 親交を深めていき

仲の良い姉・妹となるのです。

画像 029.jpg

  仲良く お昼ね中の お二方 眠い(睡眠)(下半身にて失礼【笑】)

ニックネーム みみ子 at 22:52| Comment(11) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

ミミの歴史(パート4)

我が家にやって来てからのミミは それから数日間 2階の片隅で

相変わらずの威嚇をしながら過ごし続け 私たちを受け入れず

心を閉ざしたままでした ふらふら

 ある日の朝、ミミは 隙をみて外へ 脱走 して行きましたひらめき

のん気な母は「そのうち帰ってくるでしょ〜」の構えでいたそうな。

母の予想通り、夕暮れ近くになった頃 庭先に チョコンと座る

ミミを発見!!   「さぁ、おウチに入りなさい」と玄関のドアを

全開にして迎い入れ準備・・・・・。でも、一向に入る気配なし・・。

じゃあ、捕まえて抱っこ・・・なんて とんでもない! 逃げる!!

これをリピートしていた母は キレタそうな 爆弾(笑)!!  

「えぇ〜い、勝手にしな〜!」ってな 具合に放っておいたそうです。

玄関ドアを10cm程 開けて 様子をみる事に・・・。

季節は冬雪 さすがの頑固者ミミも外の寒さは 応えたのでしょうね。

中の暖かさに誘われ飛び込むように玄関内へ! 隠れ構えていた

母は玄関ドアを すかさず閉める。 まだ家に馴染んでいないミミは

あたふたと逃げ場を探す・・・と、廊下で れん子クマと鉢合わせ!

「ファーー、ウォーーンどんっ(衝撃)」と猛烈な威嚇攻撃を しかけるミミ。。。猫(怒)

ここで れん子が吠えるとか 歯をむき出して怒るとかしたなら普通の

ワンなのですが・・・(レニーは今までニャン免疫はありませんので)

デンッ!と横たわったまんま がん首だけを上げ、チラッとミミを見て

何事も無かったように寝る・・・。 時には威嚇しているミミに近寄り

匂いを嗅いで その場にゴロン!(ミミは噛み付いたりしませんでした)    

このやり取りが何日か続き・・・ ミミは自分の一人相撲に 

気づいていくのです。

この同じ毛玉の先輩は私の敵ではない・・・と悟ったのでしょうね。

私達よりも先に れん子に心を開いていく み〜子なのでした 猫(笑)

88れんこ&み〜こ.jpg まだ少し距離exclamation&questionのあるお二方 れん子&み〜子.jpg




 
 


ニックネーム みみ子 at 22:58| Comment(7) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月29日

ミミの歴史(パート2)

我が家に(実家)やってきた黒い物体は 母から「ミミぴかぴか(新しい)」という

ありきたりな名前(笑)をつけられ家族の一員となりました。

私達家族はニューフェイスの毛玉が 可愛くて 可愛くて・・・ハートたち(複数ハート)

これから一杯一杯 愛情を注ごう! 共に楽しい人生を歩もうと

期待満々でした。 でも・・・強いファミリー意識は私達側だけで

当の本人(本猫)は 全くといっていいほど クールバッド(下向き矢印)たらーっ(汗)

期待とは裏腹の態度 (私達を見て逃げる・隠れる・飲食物を拒否・

威嚇する猫(怒)) だったのです。

          ☆若かりし頃のミミ☆
若み2.jpg

市町村の広報に【子猫あげます】って掲載を見た事ありますよね?

ミミは まさにその広報経由で我が家に やってきました。

「子猫猫(笑)」とアピールがあるから生後1〜2ヵ月くらいか・・・?と

相手方を訪ね その猫に対面した母は一瞬ひいてしまったとの事!

そーですexclamation その猫は想像以上の成猫(生後半年以上)でした。

でも・・・これも何かの縁、そのままテイクアウト(笑)となりました。

なので 我が家に来た時は既に ある程度の人格ならぬ「猫格」が

出来上がっていたのでしょうね。 元々 人嫌い、もしくは警戒心が

非常に強いニャンだったのかもしれません。

私達は途方に暮れました。顔(汗)「どう接したら私達に信頼感を持って

くれるだろう・・これから お互いの絆をどう深めていこうかと・・・」

遠巻きにして様子をみる日々が続いたのですたらーっ(汗)

ここで ただ一人 のほほ〜ん としている能天気者がいました。

そう・・・・・、先輩犬のレニー(通称・・・れん子クマ) でした。
ニックネーム みみ子 at 21:48| Comment(11) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月27日

ミミの歴史 (パート1)

20年程前、実家近くの古い家屋が取り壊されました。

と 同時に そこに住み着いていたネズミ君たちが一斉移動。

我が家にも引越ししてきて・・・・・(無許可で・・・笑)

それからというもの毎日 屋根裏や壁の中で大運動会&大宴会!

私達家族は‘困ったぁ〜’と頭を抱えていました。

で、母がひらめいた考えが「そーだ、猫を飼おう」だったのです。

「えぇ〜〜?」  私としては半信半疑でした。

ある日、まだ花の独身かわいいだった私が仕事から帰宅すると

母「猫! 貰ってきたかんねー。2階にいるよー!」と・・・。

その時の我が家には先住で3歳になる雌の犬がいましてね。
         (大型柴犬  名前・・・レニークマ
私「えー!本当に? ど〜れ何処にいるの〜〜〜かな?」

と、レニーを連れて階段を上り 踊り場がみえてきた・・・と

そこに何やら黒い物体が!!!

私とレニーを確認した物体は背中を高く上げ全身の毛を逆立てて

「ファーー!!シャアーー!!ギャーー!!ウォーーンむかっ(怒り)

と、猛烈な威嚇攻撃!!!     無防備な私達は後ずさりし

そーーーっと その場から離れました。

この黒い物体こそが「ミミ猫(怒)」。 強烈な第一印象でしたどんっ(衝撃)

若み.jpg
   
   ヤンチャ盛りの ミミ

レニー.jpg

     先輩犬 レニー(1984年〜2000年)
ニックネーム みみ子 at 20:55| Comment(8) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする